パパには韓国人の友達がいるんだよ [息子に話したい私の思い出] 後編
そんなに大きな物音でもないのに睡眠から覚めてしまう時があります。
起きて何事か確認して、なんだそんな事かと、また眠りに落ちていく。二度寝の幸福感はたまりません。しかしその日、目を開けた私を待ち受けていたのは異国で出会った友人の迷惑なプレゼントでした。
私を意識の中に引き戻したのは、何やら液体が床に流れ落ちる不自然な音。
ビチャビチャ…
ふと音のする方を見ると、DKが自分のベッドに腰掛けうつむいていました。
それに気付くと同時に凄まじい異臭が部屋を覆いました。
そして彼の足元には、間違いなく数分前まで彼の胃に入っていたfoods(食べ物)が散らばっていたのです。
「おい、大丈夫か?」
呼びかけてみましたが、うつむいたまま微かに身体を揺らすだけで無反応。
そして彼は何事も無かったかのように再び眠り直したのです。
もちろん、私は悪臭で眠れません。
しぶしぶ2段ベッドの上から降りてDKの頭をバシッと叩きました。おい寝てんじゃねーよ、と。
スメル。スメル。ユー、スメル。
彼の耳元で私の不機嫌を訴えながら、私はトイレットペーパーで片付けを始めました。このままじゃ息もまともに出来なかったからです。
ふと他の住人を見ると、鼻をつまみながら目をつぶっています。
「片付けるの手伝ってくんない?」
と呼びかけますが、香港人もドイツ人も寝たフリを決め込んでいる様子。鼻をつまんだまま、これまた反応無しでした。
今思えば、こうやって公共の利益の為にささっと動くのは日本人だけなのかもしれません。試合後にゴミ拾いをするサポーターのように、あの時の私も海外から賞賛されるに値するでしょう。
しばらくすると、くさいくさいと言われ続けたDKが、「ウーン…」と唸りながら、ダラリと起き上がりました。そして不機嫌そうな顔でペーパーをつまみ、サラサラと床を撫でるという、形ばかりの清掃をしました。
知ってる?コレ、おまえのゲロだよ?
臭いが気にならなくなった辺りで清掃をやめ、残りは翌朝にDKにやらせようと決めました。そして朝陽が差し込む清々しい空気の中で、声高らかに「私は昨晩あなたのゲロを片付けたんだよ」と賛美歌のように心に届くまで伝えよう、と決意しました。
次の日のお昼、テラスで求人情報を眺めていると、青白い顔をしたDKがフラフラと歩いているのが見えました。どうやら今やっと起きて来たようでした。
実は、その日の午前中、少し不安でした。あと数日すると私は次の目的地へ旅立ち、DKともお別れだったからです。もしも彼が謝ってくれなかったら、気まずいまま別れる事になるな、と。
私自身、素直に謝れずに友人と気まずくなった経験があります。だからこそ、そんな不安が生まれるのでしょう。
せっかく仲良くなれた異国の友人なのに、そんな寂しい別れは望んでいませんでした。
少し離れたところを歩いていたDKは、私を見つけると近づいて来ました。
そして申し訳なさそうな声と片言の日本語で言ったのです。
「ヤマ、ラストナイト、ごめんなさい」
私は自分が膨らませた不安をバカバカしく思いました。私が彼に対して抱えていたモヤモヤも、あっと言う間に晴れていき「そうだよな、お酒の失敗って誰でもあるもんな」と思えました。
ああ、良かった。
同じ時間を過ごす事で見えてくるものがあります。それは日本人も韓国人もそんなに変わらないという事。
交わす会話も、ちょっとした失敗も、することは日本人とだいたい同じなんです。若い頃のノリも、ギャグも、欲望も、夢を持つ事も、そして、悪い事をしたら素直に謝る事も。
国籍の違いで全く違う人間のように扱ってしまう人がいますが、それはきっと「だいたい同じ」事を知らないだけなんです。それを知るだけで親近感は沸くんです。
いま、かつて無いほど日韓関係が悪化しています。そんな中、テレビやネットから流れてくる情報だけを頼りに判断すると、自身も悪い流れを作りだす1人になってしまいます。
どうか、善悪を判断する前に触れ合って欲しいし、それが無理なら触れ合った人の話を聞いて欲しいと思います。そうすればきっと、ただ流れてくる情報に飲み込まれることなく冷静な判断ができるでしょう。
私たち大人は、次の世代に伝えなければならない役目があります。
私は息子にこの思い出を語ろうと思います。それを聞いた息子が隣国にどんな印象を持つか、今から楽しみです。