パパには韓国人の友達がいるんだよ [いつか息子に話したい私の思い出] 前編
若い頃、ワーキングホリデービザを利用してオーストラリアで過ごしていた事があります。
期間は8ヶ月くらい。
学生時代は、バイトをしてお金を貯め、長期休暇は東南アジアをバックパックで旅する、いわゆるバックパッカーをやっておりました。
そんな学生ライフを過ごしていた私は、周囲が心配してくれた通り、就職活動をする気になれず、漠然と海外での生活を思い描くようになりました。
結果として8カ月で帰って来てるので「何が海外生活だ」と当時の自分を笑いながらつついてやりたい気分です。
しかしながら、その間に得た経験は本当に貴重なものとして残っています。
中でも、特に貴重だと思うのが韓国人の友達が出来た事でした。
彼と始めて会ったのはケアンズの安宿。
「こんにちは、日本人の方ですよね?」てっきり日本人と勘違いして私から話しかけました。
彼は困った顔をして「アー、アイム フロム コリア」
当時は今ほど日本と韓国の軋轢は強くありませんでしたが、歴史認識の問題はやはり存在し時々ニュースにもなっていました。
やべっ、日本人に間違われて嫌な思いしたかな!
と焦った表情で「ソーリーソーリー」と謝る私に、彼は笑顔で言いました。
日本人はオシャレだから、間違われて嬉しいよ。
この言葉を聞いたときに、私の中で作り上げられていた韓国人のイメージがガラガラと音を立てて崩れていきました。
私はただ、偏った情報をもとに勝手に想像を膨らまし、警戒していました。彼らを知らないだけだったのです。
彼の名前はDK。
韓国人はイングリッシュネームを自由に決める習慣があるのか、出会った韓国人はみんな横文字の名前を名乗っていました。でも英語の発音は日本人と同じレベルなので、「シャルロットです」と言われて「シャーロ」としか聞こえず、しばらくよく分からないままその人の事をシャーロと呼んでいた事もありました。
DKは年齢も近くて、お互い1人で旅をしていたのもあって、すぐに仲良くなりました。
韓国名を教えてよと聞くと、よくあるキムだから覚えなくていいよ、とのこと。とてもあっさりしている、気持ちいい奴でした。
「日本人の彼女が欲しい」と言う彼に、「あんまりガッつき過ぎるな」とアドバイスしましたが、街を歩いて東アジア系の女性を見かける度に「日本人じゃない?話しかけて来て!ユー ゴー!」と、あんまり理解して貰えませんでした。
ある晩、他に香港人とドイツ人と相部屋となっていた部屋でみんなそれぞれ就寝していた時の事。DKは外出していました。
突然、バンっとドアが開き、DKが先輩の韓国人に抱えられるように運ばれて来て、彼のベッドに放り投げられて行きました。
みんなで何事かと、DKをしばらく眺めていましたが、どうやら先輩に酷くお酒を飲まされたようで、うーんと唸りながら眠っていました。
韓国も日本と同じで縦社会。目上の人には逆らえないようで、DKも普段、年上の韓国人と話す時は少しかしこまった表情をしていました。勧められたお酒を断れなかったのだと思います。
深夜に大きな物音を立てて部屋に入ってくるのはマナー違反とは言え、ここは国籍のるつぼであるオーストラリアの安宿。色々な感覚がある場所なので、DKがぐっすり眠っているのを確認し、他の住人と愛想笑いをして私も眠りました。
しかし、その後、最悪な出来事が起こったのです。
つづく
(次回は9/20夜に更新します)